円山   (INDEX)

独断評価発見難易度登頂体力度頂上眺望度山行愉悦度総合評価
5点満点★★★★2.6


江戸時代の安養寺(都名所図会、安永9年(1780)、国際日本文化研究センター/データベース)
clickすれば大きな画像 現在よりは広大。現在は本堂(図左上隅、図では「阿弥陀堂」)周辺を残すのみ

左側の図中央右に吉水(これは現在の「吉水弁財天女堂」あたり)が描かれていて、往時からよく知られていた

「xx阿弥」が多く描かれているが、これらは元「塔頭」、明治維新後「料亭、ホテル」などになり、明治末の火災でほとんどが焼失した。残るは「左阿弥」くらいか
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八坂神社(西楼門)の石段 八坂神社の舞殿 石段のすぐ南にある柚子屋旅館。お昼は「柚子雑炊膳」が頂ける
江戸時代の八坂神社(都名所図会、安永9年(1780)、国際日本文化研究センター/データベース)
clickすれば大きな画像 図右中央に多宝塔が描かれているが、これは寛政元年(1789)焼失した

図左下隅には「西楼門と石段」、中央には「舞殿」が描かれていて、今と同じ

江戸時代も賑わっていた
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在りし日の盛京亭 盛京亭のあった所(2023-04-25) 四条通の「案内灯」も白抜きになった
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本堂前から市街を望む 吉水の謂れとなった「法垂窟」(「吉水弁財天女堂」から少し距離がある) 「安養寺、吉水弁財天女堂、法垂窟」の関連地図